基本情報 |
---|
主訴:左上の歯に穴が空いた |
治療方針:自家歯牙移植 |
診断:縁下カリエス(虫歯) |
特記事項:カリエス(虫歯)リスクが高く、処置歯・未処置歯も多い。 |
16歳男子。右上が痛いことを訴えて来院されました。左上6番と左下6番は虫歯が大きく、残すことができない状態でした。抜いた後の治療ですが、年齢的に顎の骨がまだまだ成長するため、ブリッジやインプラントでは治療ができません。
そうなると部分入れ歯もしは親知らずの移植が治療の選択肢になります。それぞれのメリット・デメリットをご両親にもご説明し、歯を抜いた後は移植で治療することとなりました。
犬歯はコンポジットレジン、4番はインレーで治療をし、5番は神経まで虫歯が達していたため神経を取る処置をしました。
5番は最終的にクラウンを被せることになりますが、移植による外科処置で歯ぐきが安定したのちに製作することとしました。
歯の周りの骨を傷つけないように慎重に抜歯を行いました。
16歳と若年のため親知らずの根はまだ完成していませんでした。根の先が未完成の場合、移植した後も根が成長したり、神経が生き返る可能性があります。
少し深めにドナー歯を移植し、ワイヤーで固定をしました。
移植手術直後のレントゲン写真になります。
移植して3ヶ月後の状態です。歯ぐきも綺麗に治っているのがわかります。
移植した歯は根管治療をするのが一般的ですが、根が未完成のため根管治療はせず経過を観察することとしました。
移植した歯は根に問題は生じていないため、このまま根管治療はせず経過を観察することとしました。
この時点では移植した歯に問題は見られませんが、他の歯と同様に虫歯や歯周病になります。
もともと虫歯のリスクが高いため、注意深く経過を見ていく必要があります。なお、5番はCADCAMクラウンを被せました。
保険適応内での治療
根未完成歯の移植では歯髄の治癒と歯根の発育が期待できます。
歯髄の治癒は歯髄腔への血管再生(revascularization) とその後の歯髄腔の閉鎖(pulp canal obliteration, PCO) によります。
Andreasen et al. (Eur J Orthod 1990; 12: 14-24)によると根尖孔の直径が1mm以上であれば、94%のドナー歯で歯髄の治癒が報告されています。これはMoorrees el al. (J Dent Res 1963; 42: 1490-1502)の歯根発育段階の分類でのstage 5(4/4まで歯根形成、根尖孔は広く開口)に相当します。臨床的にはドナー歯の根尖にヘルトビッヒの上皮鞘が小さくても確認できた場合には歯髄の治癒が期待できると考えられています。
Andreasen et al. (Eur J Orthod 1990; 12: 38-50)による移植後の歯根発育に関する報告では、移植時の歯根発育段階に関係なく、大半が部分発育に終わるとされています。
そのため、歯根発育の観点からはドナー歯の歯根はできるだけ完成に近いことが望ましいことになります。
本症例のドナー歯は完全埋伏していた根未完成歯でした。ドナー歯の図に示すようヘルトビッヒの上皮鞘が確認できたため、生着後の歯髄の治癒が期待されました。歯根は歯冠歯根比に問題とならないほどの発育段階であったため、術後の歯根発育は予後を左右しないものと判断しました。
術後の経過は8ヶ月後でもEPT(ー)で歯髄の生活反応は認められませんでした。しかし、術後のレントゲン写真を比較すると根管の透過像が増しているためPCOが起こっている可能性があります。
なお、打診やサイナストラクト、臨床症状が認められないため、根管治療はせず、このまま経過を観察することとしました。象牙質の露出やカリエス(虫歯)による象牙細管内への感染を生じさせないよう注視します。